パレンケ遺跡訪問記(4)十字の神殿、葉の十字の神殿、太陽の神殿
パレンケ遺跡の続きです。
宮殿のあるエリアから川を隔て、少し高い位置にある3つの神殿が十字のグループ(Grupo de las cruces)と呼ばれる建物群(ピラミッド)です。十字の神殿、葉の十字の神殿、太陽の神殿と呼ばれます。
パカル王の息子であるカン・バラム2世(在位 684 - 702年)の時代に建造されました。
これらのピラミッドは登れます!
見どころはピラミッド上から見える景色と、各神殿の奥にある石板。
これらの石板は本当に素晴らしくて、パレンケが持っていた浮き彫り技術とマヤの世界観を存分に感じられます。現地では図像の判別が難しい状態ではありますが、十字の神殿の石板に関してはメキシコ人類学博物館でその精巧さを見ることができます。
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目次
パレンケ遺跡 十字のグループとは?
十字の神殿、葉の十字の神殿、太陽の神殿、この3つの神殿群はパレンケの中で最も重要な儀礼の場所でした。儀式に使用されたと思われる香炉が見つかっています。
写真左手が十字の神殿、右手が葉の十字の神殿。 写真外、さらに右側に太陽の神殿が位置する。 |
神殿はそれぞれ、広場の北側、東側、西側に建てられています。メソアメリカではどの遺跡でも、重要な建造物は東西南北に沿っての建造。四方を知るには天体観測以外に方法はないので、本当にどの都市でも天体観測してたんだなぁと感じます。
各神殿奥の大きな石板には人物像とマヤ文字が彫られていました。この彫刻がまた素晴らしいんです。各神殿はそれぞれ守護神を持っており、3層から成る世界観(天上界、地上界、地下世界)を象徴しています。十字と呼ばれるのは、この石板に十字架に見える図像が彫られていたからです。
この石板の世界観は非常にダイナミックなもので、宇宙の動き、つまり太陽の動きによる昼と夜の変化、季節の移り変わり、農業のサイクルを示唆しているんだとか。神々は力を合わせ、この神聖な世界の秩序と機能を維持するために寄与していたのだそうです。
十字の神殿
天上界を象徴する天空の神、GI 神の神殿。GI 神は、天、太陽、水を属性に持つ守護神だそうです。
神殿の屋根の上には、宮殿と同じような屋根飾りがあります。
神殿の奥に飾られている石板がこちら。
あんまり見えないですね。
現在神殿内にあるのはレプリカで、本物はメキシコシティの人類学博物館に展示されています。
メキシコ人類学博物館に展示されている石板 |
写真だと見えにくいのですが、非常にこまかな細工が施されています。
図像を読み取るには写し絵がわかりやすいので、メキシコの遺跡専門誌 Arqueología Mexicana サイト掲載の画像を引用させていただきます。
画像出典:Arqueología Mexicana |
中央に十字架のような描写があり、左右に人物が向かい合って立っています。
人物は、右側の大きい方がカン・バラム2世、左側の小さい方がパカル王とされています。
GI 神の名の下で、カン・バラム2世が即位する儀式の様子が描かれているとのこと。儀式に同伴しているのが父であるパカル王。このときパカル王はすでに亡くなっているのですが、新しい支配者に権威を移譲する前王として登場しています。
息子が主役だからか、お父ちゃん小さいよ…。偉大な父パカル王とはいえ、脇役ということなのでしょうか。それとも80歳まで生きた老齢のパカル王をイメージしているのか。それにしても顔の大きさも体も全体的に小さく、大人の縮小版という感じで彫られていますね。何かの踏み台に乗っています。
二人が立っている下の帯のような部分には、天体を表すマークが刻まれているようです。この儀式が行われているのは高い天空の地であるということを表すみたいですね。
十字架は神殿の名前の由来にもなっていますが、マヤの世界樹であるセイバを表していると考えられています。十字架の左右の先には「宝石を飾った鼻の蛇」の顔。太陽の火を象徴しているそうです。樹冠には、鳥と天上界の神である Itzamnaaj(イツァムナー・創造の神)がとまっています。
人物像もそうですが、マヤ文字の描写が本当に緻密というか細かい。
マヤの象形文字は、王や神官など一部の特権階級だけが扱える高尚なものでした。そりゃあ現代に住む一般人が理解するのは難しいよね。今ではかなり解読が進んでいますが、この複雑な象形文字の存在、難解さが、当時から王権の偉大さを象徴するものだったように思います。
以下サイトで、レリーフ実物のはっきりとした写真が見られます。
Arqueología Mexicana
石板が飾られている部屋の入口の左右の壁にも浮き彫りが施されています。左側がカン・バラム2世、右側が L 神(地下世界の神)。
カン・バラム2世 |
L 神(地下世界の神) |
ちょっと見にくいのですが、右側の L 神(地下世界の神)はよーく見るとタバコを吸っているように見えます。El Dios Fumador L(喫煙神 L)とも呼ばれているようです。
十字の神殿正面。中央部の広場には、祭壇のような石積みがあります。
最初の訪問時のガイドさんの話では、この神殿は病院だったとか…。最上部の神殿で治療するため、病人にこのピラミッドを登らせたなんていう笑い話をしていましたが。いや、今だからわかるがそれはない。笑
神殿は神聖な儀礼の場所だったはずなので、少なくとも一般人が登ったとは思えません。ガイドさんの話は、十字=病院にかけた作り話だろうなと思っています。
下の写真は十字の神殿からの景色。右奥が宮殿です。素晴らしい眺め。この景色を見れるのも、エリート層だけだったことでしょう。
隣にある葉の十字の神殿から、十字の神殿を眺めたところ。
葉の十字の神殿
葉の十字の神殿は、地上世界とその守護神 GII 神を象徴する神殿だとされています。GII 神は、K神、カウィール(K’awiil)とも呼ばれ、豊穣、トウモロコシと結びついた神です。
階段も神殿もさびれてる感があって非常に良い。綺麗すぎないさびれ感がパレンケ遺跡の魅力。
神殿奥の石板。
レプリカだと思いますが、ちょっと朽ちているのと間近では見られないので現地ではあまり見えません。
本物もしくは精巧なレプリカがどこかにあれば見たかったのですが、おそらく現在は展示されていないと思われます。
写し絵で図像を確認します。メソアメリカ遺跡の中で、かなり上位で好きな石板です。
画像出典:Arqueología Mexicana |
十字の神殿の石板と同様、中央に十字架、左右に人物が描かれています。シーンも同じで、684年1月7日のカン・バラム2世即位儀礼の様子。
左側の大きい人物がカン・バラム2世です。踏み台になっているのは、トウモロコシの山の飾り面だそう。
※トウモロコシの山というのは、マヤ神話で「トウモロコシの種が隠されていた場所」とされている山のことだと思います
右側の小さい人物がパカル王。身にまとっているのは葬儀用の装束のようです。もう亡くなっているからですね。
パカル王が乗っているのは貝殻で、そこからトウモロコシの葉が出てきている。貝殻のちょうど上に、人の顔が描かれています。これはトウモロコシの穂を象った、トウモロコシの神(E神)の顔ですね。
中央の十字架は地面の飾り面から出てきていて、トウモロコシの幹というか茎を表しています。茎の左右には、葉に包まれた、これまたトウモロコシの神の顔が。穂の頂点には、十字の神殿と同様、創造神 Itzamnaaj がとまっています。
初めてこの石板の図像を見たとき、表現が衝撃的すぎて驚きつつも非常に魅力を感じました。
トウモロコシの神はマヤの中でもかなり重要な神のうちの1つです。その特徴は人間の顔をしていること。マヤ神話では、人間はトウモロコシからつくられたからです。
トウモロコシの神は、マヤ世界の中では「理想の人間像」とされていました。そのためマヤの支配者層(王族・貴族)は、トウモロコシの穂の形として象徴される美しいトウモロコシの神に近づけるよう、頭蓋変形をおこなっていました。
多くのマヤ美術では、額が平らで頭が長く変形している王や貴族たちが横顔で描かれています(頭蓋変形をしている人物=身分の高い人物であると解釈します)。
頭蓋変形が施されている典型的なマヤ貴族の顔 (パレンケ遺跡内の石碑より) |
ちなみにこの頭蓋変形は生まれてすぐに行う必要があるので、基本的には母親が産んだあとすぐ自分の子どもに対して変形用の処置(木の板で頭を挟んだりする)を実施していました。
このようにトウモロコシの葉と穂(顔はトウモロコシの神)が描かれた石板を持つのが、葉の十字架の神殿です。
太陽の神殿
太陽の神殿は、地下世界とその守護神 GIII 神を祀る神殿です。GIII 神はキニチ・アハウと呼ばれる太陽神で、地下世界の太陽(=ジャガー)とされています。象徴するのは戦争。
他の2つの神殿に比べると低く、階段の段差も普通なので上りやすい神殿です。長い時間階段に座ってスケッチしている観光客がいました。そうしたい気持ちはすごくよくわかる。
奥に飾られている石板はこちら。
写し絵はこちらです。
画像出典:Arqueología Mexicana |
再びカン・バラム2世とパカル王の登場です。今回は2人とも、屈んだ人の上に立っています。捕虜でしょうか。
中央に描かれているのは十字架ではなく、キニチ・アハウ・パカル(太陽神の顔の盾)と、火打石の刃がついた槍。ジャガーの玉座の上に置かれています。
このジャガーの玉座を2人の人物が担いでいますが、両方とも L 神(地下世界の神)とされています。
ただ両者の描写には違いがあります。左側の方はジャガーの皮をかぶり地下世界の所属であることを示しているのに対し、右側の方は衣服に天空を示す帯の縁取りが施されており、天空神への変換を表しているのだとか。
神殿の柱には、漆喰レリーフのあとも残っています。
以上が十字のグループの紹介です。
石板の図像は現地ではっきり読み取るのが難しいので、絵と意味を頭に入れた上で見学することをおすすめします!
神殿14
十字のグループには含まれないのですが、太陽の神殿の隣にある神殿14も紹介します。
この神殿はカン・バラム2世時代のものではなく、彼の死後に即位した弟のカン・ホイ・チタム2世が兄を偲んで造らせたものだそうです。
神殿14にも石板があります。
描かれているのはカン・バラム2世が踊っている様子(右)と、カン・バラム2世の母(左)。
カン・バラム2世の母とは、パカル王の妻、つまり赤の女王(レイナ・ロハ)ですね。
この母と息子の構図は、パカル王とその母サク・クック女王のレリーフ(宮殿の記事参照)に似ています。
下記参考サイトによると、マヤ文字では赤の女王は Señora Gobernante de las Generaciones (世代の女性支配者)と刻まれており、その表現は「永遠」「不滅」「世代の連続性」の象徴であると考えられるようです。
La Reina Roja. “Señora Gobernante de las Generaciones" | Arqueología Mexicana
石板に彼女を登場させることで、自分の兄の王としての正統性、そして自分自身の正統性をも示したかったのもしれません。
レイナ・ロハについては、こちらの記事でも紹介しています。
十字の神殿から見たところ。左側が太陽の神殿、右側が神殿14です。
感想
マヤ文明の深い魅力に気づかせてくれる遺跡。チチェン・イッツァのような派手さはありませんが、建造物や石彫り技術の素晴らしさ、またその石彫りが表す世界観の面白さは他遺跡を圧倒しているのではと個人的には思います。本当に好きな遺跡。
二度行きましたが、10年後くらいにもう一度行きたいくらいです。見学不可になっていた箇所がいくつかあったし、建造物がどのように変化するのかにも興味があります。
パレンケ遺跡 ★★★★★
メキシコの遺跡というとテオティワカンやチチェン・イッツァが有名ですが、パレンケも絶対に見ておきたい遺跡の一つです。交通の便の悪さがネックですが、訪れる価値があります。
※本文中の記述はガイドさんの説明と、INAH(メキシコ国立人類学歴史研究所)発行のガイドブックに基づいています。