『終りなき夜に生れつく』サスペンスというかホラー〜アガサ・クリスティ
アガサ・クリスティが描く探偵といえばエルキュール・ポアロかミス・マープルですが、その2人が出てこない作品もあります。
『終りなき夜に生れつく』も、探偵が登場しない作品のうちの1つ。
この作品、途中までは正直少し退屈でした。
読んでる途中、もしかして『春にして君を離れ』みたいな事件が起こらない系の作品なのかな(ちょっとがっかり)って思ったんですが...
そんな心配は無用で、油断は禁物でした。
なんていうか...
展開がホラーでしたね。
自分の中のアガサ・クリスティ作品ランキング上位5つ以内には確実に入る作品だなと思いました。
目次
『終りなき夜に生れつく』のあらすじ
語り手の「僕」マイクは22歳。村の大通りを歩いているときに、ある屋敷の売り出し広告を目にする。
その屋敷はジプシーが丘と呼ばれる土地に建っていた。何人も人が死んでいて、呪われた場所だという噂だった。近くには、ジプシーと思われる奇妙な老婆も住んでいた。
興味を持ったマイクは後日、屋敷の競売に行ってみた。競売は最低価格に達しなかったため不成立。本当に買いたい人間が、裏で直接値を付けに行くと言う。
その競売の帰り、マイクはジプシーが丘でエリーと出会った。
マイクは、できることならジプシーが丘を買いたいこと、そこに家を建てる夢を持っていること、そしてすばらしい家を建ててくれる天才建築家の友人がいることなどをエリーに語った。
2人は、そこで恋に落ちたようだった。
何度か会ったあと、マイクはエリーにプロポーズをする。エリーは結婚を承諾し、自分がアメリカの大金持ちの令嬢であること、そして2人の家を建てるためにジプシーが丘を買ったことを告げた。
裕福すぎて自由のなかったエリーがこっそりジプシーが丘を訪れたり、マイクと会えたりしていたのは、グレタのおかげだった。
グレタはエリーの秘書兼話し相手として一緒に住んでいた、金髪で美しい女性だった。エリーはグレタを信頼し、グレタはエリーの自由を叶えるために必要な手はずを整えて、行動をうまく隠してくれていたのだった。
ひそかに結婚したマイクとエリーだったが、お互いの家族にはやはり結婚を知らせることに。エリーの親戚からはあまり歓迎されなかったものの理解を得て、ジプシーが丘に建てていた新居も完成。
喜んで引っ越してきた2人だったが、夕食中に突然窓から石が投げ込まれた。エリーは、ジプシーの老婆から言われた「ここには来るな」という言葉を思い出す。
その後は村の知り合いも増え、2人は穏やかに過ごしていたが、あるときエリーが足首を捻挫した。エリーは面倒を見てもらうため、新居にグレタを呼び寄せた。
それまでにもグレタが泊まりに来たことはあったが、今回はいつまで経っても帰る気配がない。グレタは少しずつ自分の役目を増やしていく。
9月17日、マイクが「今日はすばらしい日になるぞ」と思った日に、事件は起きた。
誰が言い出したのか、その土地は呪われた〈ジプシーが丘〉と呼ばれていた。だが、僕は魅了された。なんとしてでもここに住みたい。
そしてその場所で、僕はひとりの女性と出会った。
彼女と僕は恋に落ち、やがて……
クリスティーが自らのベストにも選出した自信作。サスペンスとロマンスに満ちた傑作を最新訳で贈る。(解説:真瀬もと)
『終りなき夜に生れつく』(早川書房)
『終りなき夜に生れつく』読みどころと感想
原題 ”Endless Night”。
うかつに書くと何を書いてもネタバレにつながっちゃう気がするので、主に自分の感情を。
こんなんありかよ... 結末の衝撃感
残りページがわずかになり、物語が迎える結末の片鱗が見え始めたときには、ぞっとして背筋が凍りました。本当に。全身鳥肌。
この展開の明かされ方はホラーだと思いましたよ私は。
前半は事件も起こらずその予兆も感じられなかったので少し退屈に感じていましたが、最後に畳み掛けるような衝撃。
私の感情の高まりをグラフ化するとこんな感じです。笑
一気に上がったボルテージで読後の満足度と興奮度は高いというかなんというか、、放心状態。
読み終わってしまったもぬけの殻感もありました。悪い意味じゃありません。
そしてすぐさま二度目を読み返したくなります。
読み返して二度震え上がった、作品の恐ろしさと素晴らしさ
これは結末まで読み終わったら絶対に読み返したくなる本の1つです。
アガサ・クリスティはそんな作品が多いですが... この本は本当にもう一度読まずにはいられない。
結末を知った上で読むと、一度目には気づかなかったような意味深な表現や描写が随所に散りばめられていて、さすがアガサ・クリスティだなと。というか本当の面白さを感じるのは二度目ですねたぶん。
読み返して二度震え上がったというのは、
- この事件を仕組んだ犯人の心理やっぱりこわすぎ
- こんなミステリーが書けるアガサ・クリスティすごすぎ
という2つが理由ですね。
はぁ。思わずため息が出ます。
まとめ:有名作品を読んだあとにはぜひ。
この作品は、いわゆる有名代表作には入ってないですよね。
でも代表作を読み終わったあとにはぜひとも読むべき本だと思いました。
私はこれまでポアロ作品を中心に読んできて、今回初めてこの本を読みましたが、やっぱりアガサ・クリスティはスゴイの一言です。
ポアロなどの探偵ものを知っていると、それらとは趣が全く異なるのでより強烈さを感じられますね。
逆に、最初のアガサ・クリスティ作品がこれになる方はすごいめぐり合わせ。ポアロ作品はだいたいもっと明るくて楽しくて爽やかなので(笑)、ポアロやマープルが出てくる代表作を読むとまた違った読み応えを感じられると思います。
(殺人事件を明るいとか楽しいとか言うのもどうかとは思うけど)
探偵もの以外の有名作には『そして誰もいなくなった』がありますが、私は断然こちら『終りなき夜に生れつく』派です。
これ以降はネタバレになるのでご注意ください。
『終りなき夜に生れつく』ネタバレ感想
「そして、ほしかったものをすべて手に入れ、今その家に帰ろうとしている」
エリーの葬儀を終えたマイクのこの言葉を読んだとき、嫌な予感がしました。さっと血の気が引きました。
まさか...と思った通り、マイクは大金と素晴らしい家を手に入れグレタと一緒になるためにエリーを利用し、殺したのでした。
この小説は、事件後にマイクが綴った手記だったのです。
展開がもう、恐ろしすぎる。
サイコパスなの? マイクは。
最後、エリーと一緒に得られたかもしれない幸せには気づいていたようだけど…
グレタまで殺めたのは異常としか言えない。
読み進めていく途中、私はマイクにネガティブな印象をまったく持っていませんでした。定職につかずフラフラしているような男だし、客観的に見れば「お金持ちのお嬢様をたぶらかしたヒモ男」なので魅力を感じなくても普通なはずなんですが、私はなぜかマイクを裏表のない善良な青年だと思い込んでいました。
だから最後に過去の犯罪歴を告白する場面では、その悪人性に言葉を失いつつ、自分がそれまでマイクをなぜか善人と捉えていたこと、そこでマイクへの感情に大きな落差が生まれたことに気づき、なんていうか驚愕でした。
私が動かされすぎなのか。アガサ・クリスティの描写が優れすぎなのか。
先ほどのグラフの感情を補足するとこんな感じです。
こんなに暗くて重いのに、こんなに面白くて魅力を感じる作品って不思議です。
そういえば、この本を読み終わって『イニシエーション・ラブ (文春文庫)』を思い起こしました。
僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて…。甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説―と思いきや、最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。「必ず二回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。
『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)
『イニシエーション・ラブ』は殺人事件じゃないので、物語の重点も違うし登場人物の恐ろしさレベルなども多々違いますが(当然アガサ・クリスティのほうが激コワ)、結末にはなんとなく似たものを感じました。
ライトに読めて確かな衝撃を受けられます。まだ読んでいない方はぜひ。