『パディントン発4時50分』ミス・アイルズバロウが選んだのは誰か?
アガサ・クリスティ『パディントン発4時50分』を読みました。ミス・マープルのシリーズですが、マープルはあんまり出てこない。
主役はほぼ、超有能な家政婦ミス・アイルズバロウでした。
「並走する汽車の中から殺人を目撃する」という導入は面白かったし、登場人物も魅力的だし、犯人の意外性はあったものの、後半以降のストーリーとしてはちょっと刺激に欠けて読後は少し物足りなさが残る結果に。
最後の最後にミス・アイルズバロウ(ルーシー)が自分の結婚相手として選んだのは誰なのか? という点が一番の考察ポイントかなと思いました。
以下、本文中にはネタバレに触れる部分があります。
目次
『パディントン発4時50分』あらすじ
老婦人ミセス・マギリカディは、ロンドン市内パディントン発の汽車の中から、並走する汽車内での殺人を目撃した。男が女の首を絞めて殺していたのだ。
車掌にその旨を伝えるが、真剣に受け取った様子はない。
事の顛末を聞いたミス・マープルは遠からず死体は車内で発見されるだろうと考えるが、翌日の朝刊に遺体発見の報はなかった。そうなると、犯人は汽車が走っているうちに死体を外に投げ出したとしか考えられない。
しかし警察の捜査の結果、線路際から死体などは発見されず、首を絞められたような女性が病院に運ばれた形跡も、駅を出ていったという情報も出てこなかった。
この状況に興味を持ったミス・マープルは、好奇心からパディントン発4時50分に乗り込んだ。そしてある長いカーブにさしかかったとき、車掌の足元がおぼつかなくなるほど車両が横揺れしたことに気づく。
そこで彼女は英国鉄道に勤める甥の息子に手紙を書き、村の青年に必要な地図を借りると、再びロンドンまで行きパディントン発の汽車に乗り込んだのだった。
汽車に乗りながら死体が投げ出された場所の仮説を立てたミス・マープル。
しかし身体的に弱った自分には、死体を探し回ることなどとうていできない。誰に助けを求めようかと考えたとき、1人の家政婦ルーシー・アイルズバロウを思い出した。
32歳のルーシー・アイルズバロウは素晴らしい頭脳の持ち主だった。オックスフォード大学の数学科を優秀な成績で卒業すると、稼げない学者の道ではなく稼ぎの見込める家政婦の道に進み、すぐさま成功を遂げた人物だ。
彼女ならやってくれるに違いないと考えたミス・マープルは、線路沿いの屋敷ラザフォード・ホールに家政婦として潜り込み、死体を見つけ出すようルーシーに依頼するのだった。
ロンドン発の列車の座席でふと目をさましたミセス・マギリカディは窓から見えた風景に、あっと驚いた。並んで走る別の列車の中で、いままさに背中を見せた男が女を絞め殺すところだったのだ......鉄道当局も、警察も本気にはしなかったが、好奇心旺盛なミス・マープルだけは別だった! シリーズ代表作、新訳で登場
『パディントン発4時50分』(早川書房 クリスティー文庫)
解説:前島純子
ミス・アイルズバロウが選んだのは誰なのか?
この作品でもっとも気になったのは、ミス・アイルズバロウ(ルーシー)が最後に誰を選んだのか? というところ。
登場する男性陣は三者三様に彼女にアプローチしますが、彼女自身が誰を選んだのかは明確には示されません。
登場した男性陣の人物まとめ
まず、登場した男性陣を振り返ります。
ミスター・クラッケンソープ老人
クラッケンソープ家の現在の当主であるルーサー・クラッケンソープ。70代と思われる。
けちな老人。事業で財産を築いた父親が広い土地に大きな屋敷を建て、現在その屋敷に住んでいる。裕福ではあるが、父親の遺言により自分には財産を自由にする権利がない。お金は自分が死んだあと自分の子どもたちに分配される予定である。
父親の遺言を非常に恨んでおり、子どもたちにお金を渡したくないがために長生きしてやるとの一心で暮らしている。
気に入ったルーシーを狭い書斎に連れ込んでコレクションの石ころや王家につながる家系図、金貨を見せて自分の思いを語る。ルーシーは条件つきの結婚の申し込みだと受け取った。
セドリック(次男)
大柄、日に焼けたいかつい顔、黒っぽいぼさぼさの髪。陽気。独身。
仕立て・素材は上質だが古びてぼろぼろの服を着ている。
普段はスペインのイビサで暮らしている。絵描き。
無精ひげを生やしているときもあるし、風呂にも全然入っていないように見えるのに、なぜか女性を惹きつけ、惚れ込まれるタイプ。
兄弟の中では一番ルーシーと打ち解けて話をしている。
ハロルド(三男)
金融街の紳士。背が高く、ぴしっと背筋を伸ばして歩く。黒っぽい髪。小さい黒い口髭。
地味な仕立ての良いスーツにパール・グレーのネクタイ。成功しているビジネスマンといった装いで繁栄しているように見せかけているが、実はすぐにでも破産しそうな状況。
そのため、早く財産がほしい。
既婚。どこかの貧乏貴族の娘と結婚したが、子には恵まれず、妻は自宅を離れていることも多い。
ルーシーの能力を買い、自分の会社で出世しないかと持ち掛ける。
アルフレッド(四男)
浅黒い細面の美男だが、目と目のあいだがやや狭すぎる男。
職業について「今は保険関係」と答えるが、たえず怪しげな取引をやっているらしい。ちょっと不良っぽいところがあり、いつも一家の厄介者とされている。
頭の良いルーシーに「法律をよけて進む」仕事に興味はないかと馬小屋で話を持ち掛け、「ぼくがきみに惚れてるってこと、わからないのか?」と発言する。
ブライアン・イーストリー(亡き次女の夫)
クラッケンソープ家の亡くなった次女の夫。ラザフォード・ホールの屋敷が気に入っており、今でも息子のアレグザンダーとともにクラッケンソープ家に出入りしている。
茶色い髪に哀れっぽい青い目。明るい色の巨大な口ひげ。妙にわびしげなところがある。
第一印象では30過ぎに見えたが、実際には40に近い。
元戦闘機のパイロット。勲章を受けるほどのパイロットだったが、戦争が終わった今ではうまくやれる仕事がない。
台所に入り浸り、ルーシーの家事を手伝おうとする。息子のアレグザンダーが「ブライアンはきみのことをとても好きだよ」と伝える。
クラドック警部
スコットランド・ヤード(警視庁)の警部。金髪の美男子。
自身の名付け親サー・ヘンリーとミス・マープルに交流があり、その関係でミス・マープルと知り合った。
ミス・マープルの洞察力を信頼しており、捜査中は非公式にミス・マープルのもとを訪れて意見交換をしたり、助言を求めたりしている。
選んだのはセドリックだと思う。理由とその他男性陣について
私の答えはセドリックです。小説内の描写から明確に読み取れるのがセドリックだと思う。
セドリックである理由
理由は、ルーシーが話の中で「豚小屋」というワードを出したとき、ミス・マープルに「どうして豚小屋なの?」と聞かれてなぜか顔を赤くしたのが1つ。
ルーシーは、セドリックと豚小屋で話をしている。
その後ブライアンの話になったとき、「あなたは彼を豚小屋に散歩に連れ出すの?」とミス・マープルは聞くが、ルーシーは「豚小屋へ?」と鋭い視線を投げる。ミス・マープルはここで、ブライアンと豚小屋に関連はないと判断したはず。
豚小屋ではルーシーとセドリックに恋人的な雰囲気はまったくなく、二人とも言いたい放題だったが非常に打ち解けていたと思う。
セドリックは「絶対に寄せつけないのは整理整頓好き、おせっかいやき、親分風を吹かせる女」と暗にルーシーを除外するような言い方で自分の好みを表現するし、「あなたのコテッジをかたづけてみたい」というルーシーに「そんな機会は来ないよ」などと言う。
しかしルーシーが豚小屋から去ると「きれいな女の子だな」「どういう人なの?」と興味を持つ。
その後も「実のところ、きみはぼくにとって世界でいちばん結婚したくない女だね」などと言っているが、セドリックの態度はまさに好きな人に悪態をついてしまう態度そのもので、ルーシーもそれを悪く思っていない雰囲気のように思えます。
作品全体を通して見ても、ルーシーはセドリックとの会話を一番楽しんでいるように感じるんですよね。お互い軽口をたたきあっていて、心理的な距離が近いというか。
そしてルーシーは、アレグザンダーが「ブライアンはきみのことをとても好きだよ」と伝えたときにも、なぜか豚小屋が頭に浮かんでいる。
ここでもルーシーが意識しているのは明らかにセドリックです。まぁ、王道な解釈だと思いますが。
ブライアンに対しては同情の気持ち
ブライアンに対するルーシーの気持ちは、「ある意味ではブライアンがいないのも寂しかった」と描写されていたり、ブライアンがアリバイ的に例の汽車に乗れる可能性があることについて「彼が汽車でなんか来なければよかったのに」と描写されていたりもします。
ただ、それは恋愛感情というより、友人に対する同情というかあわれみの気持ちだと思う。
ブライアンは台所によく登場するが、台所の話題が出たところでルーシーは赤くなったりしないし、台所が頭に思い浮かんだりもしていない。
セドリックとは反対に、ブライアンはルーシーへの好意を積極的に態度で示しているにも関わらず、ルーシーの心が動かされているようには思えないのです。
ルーシーがアレグザンダーのことも含めて同情でブライアンと結婚する可能性もなくはないが、積極的に選ぶことはないだろうと思う。
ぼろぼろの服を着て自由に生きている海外暮らしの絵描きと、戦争中は活躍したが今は地に足をつけられない元パイロット。どちらも、有能な女性が惹かれるには不足のないダメ男(とまでは言えないか)なところが面白い。
その二人以外の可能性はあるのか?
ミス・マープルはルーシーの相手について、
「どちらの人にも強く惹かれているんですもの、そうでしょう」
「あのおうちの二人の息子さんよ、というより息子と娘婿」
と発言しており、セドリックとブライアン・イーストリーの二人を候補者として考えていることがわかります。
マープル的にこの二人が候補なのであれば、この二人のどちらかと考えるのが自然。マープルが間違える可能性をどの程度考慮するかという感じですが、一応他の男たちも見ていきます。
ミスター・クラッケンソープ老人
70代のミスター・クラッケンソープは論外としたいが、1つ気になるのはルーシーが「お金好き」という点。笑 頭はすごく良いのに学者だと稼げない、お金が好きだという理由で、稼げる家政婦になっているのである。
ただまぁこの老人に対しては、ルーシーは二人きりになるのを好んでいないし、腕をつかまれることに不快感を感じていたりもするから、おそらくないでしょう。
ハロルドとアルフレッド
ハロルドのルーシーへのアプローチは職業的なもので、恋愛的なものとは思われない。ただ、もし一緒に仕事をしたらハロルドのほうはルーシーに惹かれそう。ルーシーがハロルドに惹かれることはなさそうですが。妻もいるし。
アルフレッドに対しては「自分でも驚いたことに、ルーシーは妙に心惹かれていた」と表現されています。
「アルフレッドには一種の魅力がある。おそらくは純粋に動物的な磁力によるものだろう」とあるのですが、この動物的な磁力というのがわからない。良い意味なのか、特に意味はないという意味なのか。
まぁ、ハロルドとアルフレッドは物語の途中で殺されてしまうので、候補者にはなりません。
クラドック警部説には反対
そしてクラドック警部。どうやらドラマ版だと、クラドック警部を選ぶという結末のものがあるようですが...
ルーシーがクラドック警部を選ぶ可能性はゼロとは言い切れない、と思いますが、クラドック警部とくっつくことはない! と思う!
クラドック説の根拠の1つは、物語の最後の部分でしょう。
「彼女はどっちを選ぶでしょうかね?」ダーモット・クラドックは言った。
『パディントン発4時50分』(クリスティー文庫 415ページ)
「おわかりになりません?」ミス・マープルは言った。
「いいえ」クラドックは言った。「おわかりなんですか?」
「ええ、そう思いますよ」ミス・マープルは言った。
そして、警部に向かって目をきらりを輝かせた。
「警部に向かって目をきらりと輝かせた」という描写がなんともあやしく、「実はあなたを選ぶのよ」という意味だと考えられなくもない。
金髪イケメンのクラドック警部、しかもセドリックやブライアンとは違って常識的で定職を持っている。
普通に考えれば魅力的だ。が。
まず、ルーシーがクラドックは選ぶ可能性はかなり低いと思いますね。彼女は、自分よりずっと頭の切れない人たちと接するのが楽しかったんですよ。あらゆる種類の人間に興味があった。物語の冒頭で説明されているルーシーのこの性質を考えると、有能で常識的なクラドック警部は選択肢に入らないと思うのです。
クラッケンソープ家のどうしようもない(けど魅力的な)息子と娘婿のほうが、ルーシーの好みには合う。現実がどうかは置いておいて、小説の中でルーシーのような完璧な女性が惹かれるのはやっぱりダメ男のほうだと思う。
それから、常識を持ち合わせた一般人であり自身も有能であるクラドックからしたら、ルーシーのような完璧な女性は対象外なんですよ。
以下は、クラドック警部のルーシーに対する発言。
こっちがおじけづくほど有能な女性だ! あれじゃ結婚しようなんて男は出てきませんよ
『パディントン発4時50分』(164ページ)
じゃ、失礼します。わたしの自尊心は、今日はぐんと低いところにあるので、有能で成功している輝くばかりの若い女性といっしょでは、とてもやっていけませんからね
『パディントン発4時50分』(384ページ)
この2つのセリフに非常にわかりやすく表れていると思います。クラドック警部がこんな気持ちを抱いているんじゃ、たとえルーシーが警部に好意を持ったとしてもくっつくはずがない。
クラドックだってスコットランド・ヤードで警部になるくらいの男なんだから自尊心が高くて当然だし、こういう人は自分と能力的に張り合う(もしくは凌駕する)可能性のある女性は選ばないと思いますね。
また、クラドックの上記の1つめのセリフ「あれじゃ結婚しようなんて男は出てこない」に対してミス・マープルは次のように言っています。
あらあら、わたしならそんなことは言いませんね......もちろん、特別なタイプの男の人でなければだめでしょうけどね
『パディントン発4時50分』(384ページ)
ミス・マープルがこう言うのだからやっぱり、ルーシーと結婚したがるのは特別なタイプの男、つまり普通じゃない男です。そもそもルーシーが普通じゃないしね。
セドリックやブライアンと比べたらクラドックは定職もあって常識的で、カテゴリー的には普通の人でしょう。
またクラドック警部は、この作品の後に書かれた『鏡は横にひび割れて』にも登場していますが、その際に彼が結婚しているという描写はありません。
この点もクラドック説を否定する根拠になりますが、私としては「クラドックはルーシーの好みではないし、クラドックのような男はルーシーのような女を選ばない」と考えるほうが納得できます。
エマを形容する「地の塩」とは?
作品中で、ドクター・クインパーがエマのことを「地の塩」と表現していました。
注釈なく普通に「地の塩」って書かれてますが、「地の塩」って何なのか。どこから来ているのか。
調べてみると、この表現は新約聖書の「地の塩、世の光」という記述によるそう。
あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか〈略〉人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい
地の塩とは - コトバンク
Wikipedia によると、塩は腐敗を防ぐことから、優れたもの、役に立つものを示す比喩で、ここでは愛と慈悲を意味しているということだそう。
「塩」の意図するところはわかりますが、「地」はどういうことだろう。天との対比で地なのか。
本文中では、エマはこの歳まで結婚していないが、利口でしっかりしている女性なのだという使われ方でした。
『パディントン発4時50分』ネタバレ結末と感想
この事件、結末に至るまでいろんな仮説が出ていたので、結局どんな事件だったのか、犯人の動機や犯行の流れをちょっと整理してみます。
ドクター・クインパーは、裕福なクラッケンソープ家の長女エマと結婚したいと考えていた。しかし彼には、何年も別居している妻がいた。妻は昔お産で亡くなったという話になっていたが、実はそうではなかったのだ。
その妻というのが、フランスのバレエ団に所属していたアナ・ストラヴィンスカ。
彼女は離婚に応じない。バレエ団の経営者マダムによると彼女はまじめなカソリック教徒だったから(だと思う)。
そこで冷血なドクター・クインパーは、エマと結婚するために妻を殺すことにした。死体をラザフォード・ホールに隠し、この殺人をクラッケンソープ家に結びつけようと考えた。
そのために、クラッケンソープ家の戦死した長男エドマンドと結婚する予定だったフランス人マルティーヌの名前を使う。
彼は、死体をマルティーヌだと思い込ませるため、マルティーヌのふりをしてエマに「会いたい」と手紙を書いた。実際に会えるわけはないので、約束の直前になってフランスに帰ったことにする。
そして妻アナ・ストラヴィンスカには復縁を持ちかけ、田舎で家族に会ってほしいと話した。アナは「夫の家族と暮らすことになった」と言ってバレエ団を辞めた。
(経営者マダムはそれがほんとうだとは思わなかったと言っているが、事実だったのだ)
ドクター・クインパーとアナの2人は、パディントンから汽車に乗った。その途中、ちょうどラザフォード・ホールの敷地内に入る地点で彼は妻を殺害し、死体を汽車から放り出した。その後、ラザフォード・ホールの敷地内に入って死体を回収すると、納屋の石棺に隠した。
捜査中、ドクター・クインパーは事件とマルティーヌの関連を示唆するため、マルティーヌからの手紙(実際は自分で書いた手紙)が来たことを警察に話すようエマに勧めた。また、死体とアナ・ストラヴィンスカとの関連が疑われていると聞きつけると、アナがどこかで生きているかのように偽装した。
さらに、欲深な彼は少しでもエマ(と結婚したあとの自分)の相続財産の取り分を増やそうと、アルフレッドとハロルドまでも殺してしまった。クラッケンソープ家の主治医だったから、アルフレッドに砒素を飲ませるのも、ハロルドに錠剤を送りつけるのも簡単だった。
自分では完璧に犯行を遂げたつもりだったが、実は並走する汽車の中から犯行現場を目撃されており、目撃者ミセス・マギリカディの証言により自白することになった。
ぱっと読んだだけだと頭がこんがらがってたんですが、なるほど整理してみると犯行の動機も流れもちゃんとしている。
悪魔のような男ですねドクター・クインパーは。
本文中では「重婚の危険をおかすことはできなかったから」妻を殺すことにしたとありますが、ちょっと理解不能な論理です。重婚より殺人のほうがよっぽど重い罪だろうに。
この「重婚の危険」というのがイギリスにおいて具体的にどんなものなのかがわかりません。
重婚は(届け出等により?)バレる可能性が高いが、殺人はうまくやればバレる可能性は低い、自分の犯行計画に自信を持っていたということだろうか。
結末の展開に関しては、えーちょっと雑じゃない? というのが率直な感想。
物的証拠はなく、ミセス・マギリカディが犯人の背中を見て「この人だった!」と証言したことで犯人が自白するという展開でしたが。
数週間前に目撃した犯人、背中見ただけじゃわからんでしょ。笑 ミセス・マギリカディっておばあさんだし。
犯人の意外性はありましたが、最近読んだ『ひらいたトランプ』のような何重にも渡るどんでん返し的な展開はなく、最後は非常にあっさり終了。若干の物足りなさ感は否めない。
『ひらいたトランプ』読書感想
個人的にはドクター・クインパーに何らかのヘマをしてほしかったし、そのヘマによって物的証拠が上がるという展開が良かった。
だって老婦人のたった一言の目撃証言で観念するだなんて、3人もの人間を図太く殺した犯人とは思えないじゃないですか。
感情的になって「このばばあ」などと飛びかかろうとするのではなく、こんな計画犯罪を考えるような人なら「え、ソレ私じゃないですよ? 証拠はあるんでしょうね?」くらいは言ってほしい。顔を見られたと思い込んで観念したんだとは思うけど、顔の見間違いの可能性だってあるわけだし。
「証拠がないから罠にかける」手法はミス・マープルの十八番的で良いんですが、もうちょっと強力な決定打がほしいよねっていう。
最後、ミス・マープルが謎解きをしたあとの発言が、ふわふわな毛糸に包まれた老婦人のものとは思えないほど厳しくて良いですね。
「ほんとうに残念ですね... 死刑が廃止になってしまったのが」
イギリスでは1965年に死刑が完全に廃止されたと注釈があります。
この作品は時刻表的なトリックではないけど、列車と殺人事件の組み合わせってなんか良いですよね。なぜかはわからないけど、ワクワク感というか期待感を感じる。
『オリエント急行』に負けず劣らず楽しめる列車ミステリーでした。