『ハロウィーン・パーティ』リンゴ食い競争って?派手さはないが、非常に練られたストーリー
アガサ・クリスティの『ハロウィーン・パーティ』。
子どもたちを集めて開催されたハロウィーンパーティで、13歳の子どもが殺される。しかも、バケツの水に頭を押し込まれて。
こんなあらすじを聞いて、読みたいと思う人がいるのかどうか...。
子どもが被害者だなんて胸クソ悪い話は遠慮しておこうと思う人も多いんじゃなかろうか。
いや、私もそうだったんですが。
これは読んでよかった。先が気になり一気読みしてしまった。
リンゴ食い競争というハロウィンの伝統的なゲームが殺人道具にされます。
※リンゴ食い競争って何? と思ったので、調べました。詳細は本文にて。
1969年刊行でアガサ・クリスティの60作目。最後から5番目に執筆された作品だと思われます。
派手なトリックとか劇的な推理劇はないけれど、現在と過去の事件をつなぐ練られたストーリーには非常に引き込まれるものがあります。
アガサ・クリスティ最晩年の作品というのもうなずける、大人向けの一冊と言えるかもしれない。
オリヴァ夫人やスペンス警視が登場し、他作品のエピソードにも触れる箇所があったりと、アガサ・クリスティ読者にとってはうれしい一冊でもあると思います。
目次
『ハロウィーン・パーティ』あらすじ
10代の子どもたちのためのハロウィーン・パーティが<リンゴの木荘>で開催されようとしていた。友人の元に滞在していたオリヴァ夫人も準備のため会場に向かう。
会場ではてんやわんやの準備の中、13歳の少女ジョイスがオリヴァ夫人の気を引くかのようにこう言った。
「あたし、前に人殺しを見たことがあるのよ」
普段から嘘ばかりついていたジョイスの話を信じる者は誰もおらず、その場にいた大人も子どもも皆が作り話だと決めつけた。
だがパーティが終わったあと、ジョイスは死体となって発見された。リンゴ食い競争が行われた図書室で、水の入ったバケツに首を押し込まれて殺されたのだった。
あの言葉が真実だったと考える以外に、彼女が殺されたことの説明がつかない。
単純な事件ではないと考えたオリヴァ夫人はパーティの翌日、ポアロのもとを訪れて犯人を探し出すよう依頼する。
嘘つきのジョイスが殺人を目撃したのは事実だったのだろうか。事実だったとして、13歳の女の子が以前に目撃しそうな殺人、目撃し得る殺人とはどんなものだろうか。
ジョイスの事件を調べると同時に、過去の事件も調べなければならない。
ポアロは、事件が起きたウドリー・コモンにスペンス警視が住んでいたのを思い出し、彼を訪ねて捜査を始めた。
推理作家のオリヴァ夫人を迎えたハロウィーン・パーティで、少女が突然、殺人の現場を目撃したことがあると言いだした。パーティの後、その少女はリンゴ食い競争用のバケツに首を突っこんで死んでいるのが発見された! 童話的な世界で起こったおぞましい殺人の謎を追い、現実から過去へと遡るポアロの推理とは?
解説:長谷部史親
『ハロウィーン・パーティ』(早川書房 クリスティー文庫)
ハロウィンのリンゴ食い競争とは?
ハロウィーン・パーティの余興として行われたリンゴ食い競争。
読者はこのゲームを知っていて当然と思われているのか、他のゲームは詳細に説明されているのにこのゲームには説明がない!
本の中ではリンゴ食い競争をやると髪も全身もずぶ濡れになるなどと書かれていますが、ゲームの内容を知らないとまったくの意味不明です。なんで水に濡れるのか。
調べてみるとリンゴ食い競争とは、ハロウィンの伝統的な余興の1つで、大きなバケツやたらいに水を張ってリンゴを浮かべ、子どもたちが口でリンゴをくわえて取るというゲームらしい。
こんなイメージみたいです。
Caleb Zahnd from USA, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons |
なるほど、子どもの口にはリンゴは結構大きいだろうし、水にプカプカ浮きながら逃げるリンゴを追いかけて髪や体まで濡れてしまうのも理解できます。
英語では Apple bobbing(アップルボビング)や Duck apple(ダックアップル)などと呼ばれるようです。
私は最初「リンゴ食い競争」と聞いて、リンゴを何個食べられるか競う大食い競争かと思いましたが全然違いました。
小説の中では、このリンゴ食い競争のために用意されたバケツと水が犯行に使われます。パーティの準備の際には、プラスチックの桶とブリキのバケツのどっちが良いかという議論も交わされていました。
ちなみにこのハロウィーン・パーティで行われたその他の余興は、箒の柄競争、小麦粉切りゲーム、鏡の占い、スナップ・ドラゴン。いずれも小説内で競技の内容が解説されています。ハロウィンではおなじみのゲームのようですね。
『ハロウィーン・パーティ』読みどころと感想
他作品の登場人物・エピソードが出てくるのが楽しい
『ハロウィーン・パーティ』を読み始めるとすぐ、オリヴァ夫人やスペンス警視が出てくることがわかってうれしくなります。
さらに、アガサ・クリスティの他作品のエピソードが散りばめられているのも楽しいポイント。
ハロウィーン・パーティの準備に参加したオリヴァ夫人は、子どもからこんなことを言われます。
「おばさまをぜひ殺人のからんだ事件にひっぱりこみたいな。今夜、このパーティで殺人が起こって、それをみんなに解かせるとか」
『ハロウィーン・パーティ』(12ページ)
「いえ、結構よ」とミセス・オリヴァは言った。
「二度とごめんだわ」
これ、オリヴァ夫人は『死者のあやまち』と『ポアロとグリーンショアの阿房宮』で描かれている犯人探しゲームのことを言ってますね。
お祭りの余興として犯人探しゲームの筋書きを頼まれたオリヴァ夫人でしたが、ゲーム中に実際に殺人が起きてしまうという事件でした。
ちなみに上記2冊のストーリーはほぼ同じで、中編の『ポアロとグリーンショアの阿房宮』を長編化したものが『死者のあやまち』です。そのあたりの執筆・出版事情は『ポアロとグリーンショアの阿房宮』のほうにまとめられています。
それからスペンス警視の登場です。
スペンス警視といえば『マギンティ夫人は死んだ』事件で、容疑者の男がどうしても本当の犯人とは思えないという理由でポアロに調査を依頼した人物。
今度は逆に、ポアロがスペンス警視を訪れたというわけです。
ミセス・マギンティ殺人事件を調べるように、わたしに勧めていたころのことを思いかえしてごらんなさい。ミセス・マギンティは忘れてやしないでしょう?
『ハロウィーン・パーティ』(64ページ)
2人の再会の場面では、誰と誰が結婚したという話題まで出てきてこれまた楽しい。まだ読んでいない方はぜひ。
小説内の描写からは、ミセス・マギンティ事件からは相当な年月が経っていることがうかがえました。
刊行年を確認してみると、『ミセス・マギンティは死んだ』は1952年、この『ハロウィーン・パーティ』は1969年。少なくとも刊行年に関しては17年もの時が経っているようです。
こんな昔話を出してくれるのは、晩年を迎えたアガサ・クリスティの読者へのファンサービスなのかなと思ってしまいます。
ストーリーの練られ方が見事
ジョイス殺害事件と、ジョイスが口に出した過去の事件。
現在と過去の事件が入り組んでストーリーが展開されますが、その関わらせ方が見事だなーと私は思いました。
過去の事件に関してはスペンス警視が4つの不審死をリストアップしてくれます。このうちの1つだけが関わっているのかと思いきや、そうでもない。
どの事件がどのようにジョイスの件に関わってくるのか読み進めるうちに少ーしずつ明らかになりますが、それでも最後に驚きはとっておく。
なんかわかりそうだけどわからなくて、飽きさせない。そんなふうに感じました。
巧妙に過去と未来とからませている。
そして結末を知って読み返すと、いろんなところに手がかりがあったことに気づきます。
こんな風に書かれてたんじゃん! っていう気づきを得られる2回目がやっぱり、アガサ・クリスティは面白い。
リンゴと事件とオリヴァ夫人
ハロウィーン・パーティが行われたリンゴの木荘。リンゴを浮かべた水のバケツ。リンゴが好きなオリヴァ夫人。
とにかくリンゴがいろんなところに出てきます。イギリスのリンゴってジューシーでおいしいんですね。知りませんでした。
医者のファーガソン博士は、事件の犯人を想像しながらこんなふうに言ってたんですが、
みごとな、赤い、汁気のたっぷりしたリンゴをかじって、芯までいくと、なにかいやらしい奴がむっくり現れ、こっちにむかって頭を振っているなんて経験はありませんかな?
『ハロウィーン・パーティ』(146ページ)
なんか、想像するとすっごい怖くて気持ち悪い描写なんですけど...。よくそんな表現を思いつきますねっていうような。
それを受けてポアロが「それで、あなた自身考えている容疑者がいますか?」と、博士の妄想を盛大にスルーするところは笑えました。
オリヴァ夫人がこの件でリンゴを嫌いにならないと良いのですが。
まとめ
初期~中期のアガサ・クリスティ作品とはちょっと違うかもしれません。冗長じゃない? と感じられる描写も多少ある。
でも面白かったです。
13歳の被害者という、読む前に覚えていた感じの悪さも読後はなぜか消化されていました。なぜだろう。読むうちにいつのまにか引き込まれていた。
物語の後半、掃除婦のミセス・リーマンがミセス・オリヴァのもとにやってきて、意を決してある告白をしました。
いまや彼女の好奇心は、ミセス・リーマンがそのとき燃え立たせていた好奇心に劣らないほどになっていた。
『ハロウィーン・パーティ』(304ページ)
読み進めていたときの私の心境もまさにそんな感じ。
ジョイスにとどまらず再び殺人が起きてしまい、過去のことも少しずつ明らかになっていき、え、どうなるの? 次どうなるの? と好奇心が止まらなかった。
もっと若いときに読んでいたら、もしかしたら面白いとは思えなかったかもしれない。推理小説としての派手さがあるわけじゃないから。
だから大人向けな感じもします。
オリヴァ夫人の性急な性格や発言を楽しみつつ、展開するストーリーに悠々と流されるように読んでみると良いんじゃないでしょうか。
『ハロウィーン・パーティ』感想(ネタバレあり)
犯人、当てられませんでした。
もしかしてジュディス? え、もしかしてジョイスの姉? などと見当違いな想像を膨らませてるうちに結末を迎えてしまった。
ポイントは共犯だったということですね。これは難しい。
パーティ中のジョイス殺しに関しては、よーく読めば序盤でかなり明確な手がかりが描かれていました。
ミス・ホイッティカーはポアロに、ミセス・ドレイクが図書室の入口を見て花びんをひっくり返したことを話します。
あの人は花びんを持つ手をはなし、花びんは落ち、落ちるときにひっくり返ったので、水がからだじゅうに流れ、花びんは下のホールに落ち、床に当たって粉みじんに砕けてしまいました
『ハロウィーン・パーティ』(157ページ)
これより前にすでにポアロは「犯行に及んだ人物も濡れたことだろう」と話していたので、この2点を鋭く読み取った人であれば犯人の1人は当てられるのかも。校長先生も、ミス・ホイッティカーの証言から犯人わかってたみたいだし。
私もミセス・ドレイクは怪しいと思っていましたが、ジョイスの弟のレオポルドが殺されたときに取り乱しながらポアロを訪れ、実はレオポルドが図書室から出てくるのを見ていたの、なんて告白していたのを読んで容疑者から完全に除外してしまっていました。
チョロい読者ですよまったく。
最後は現実離れした結末だったかもしれません。
でもそこまで違和感を感じなかったのは、序盤にクオリ・ガーデン(石切り場園)が出てきたときの、長ったらしいまでのあの庭園の描写があったからじゃないかと思う。
読んでいたときは、こんな庭園の描写を延々と続けてどういう意味が? アガサ・クリスティが庭好きだから? と思っていました。
でも、ポアロが驚くほどの現実離れした庭園の素晴らしさ、彫像のような顔をしたマイケル・ガーフィールドの人間離れした美しさが描かれていたから、この結末と殺人の動機をすっと受け入れられたような気がする。
マイケルがギリシャの島に庭園をつくりたいばかりに女たちをだまし殺人を犯したと言われても、あぁ、この人ならやるかもしれないなというか。
ミセス・ドレイクもマイケルに利用された1人と考えると気の毒ですが、それでもジョイスと弟のレオポルドまで手に掛けたのは罪深い。
ミランダは殺されなくてよかった。
ただ、マイケルがミランダを実の娘だと知っていながら殺そうとした理由がちょっと謎。
ギリシャ神話のアガメムノンの話が出てきて、マイケルが新しいエデンの園を手にいれるために自分の娘をいけにえに捧げようとしたとポアロは説明していますが...。
アガメムノンはギリシャ神話の英雄。トロイア戦争に向けて船出をする際、女神アルテミスの怒りを買って風を止められ、船出ができなくなった。女神の怒りを鎮めて風を呼ぶため、娘を呼び寄せいけにえとして差し出した。
ミランダが殺人を見たとマイケルに話していたならともかく、なぜ必要のない殺人をするの??
ギリシャ神話のように、自分が望むものを手に入れるためには自分の娘をいけにえとして殺さなければならないとマイケルが本気で信じていたってこと?
マイケルがいかに人間離れした男だからといって、いくらなんでもそこまでは... と、ここだけはちょっと腑に落ちませんでした。