『招かれざる客』読みにくさを超える戯曲!アガサ・クリスティ
初めてアガサ・クリスティの戯曲を読みました。
戯曲って読みにくいですよね。
舞台の台本の形式で書かれていますが、セリフと説明が入り混じっているから小説のように読めないし、苦手意識があって長い間読んでこなかったんですが。
今回たまたま『招かれざる客』を手に取ってみたら、思いのほかスルリと読み始められてしまい、なんかあっという間に読み終わってしまった。
というのも、この本面白すぎて。
こんな劇的な劇を、台本の中におさめられるのがすごい。
それに小説とはまた違った感じで、展開が大胆というかドラマ的というか。
当然なんだけど舞台的で、人物や話の筋がいきいきとしているというか生々しいというか。
私のように戯曲に苦手意識を持っている方は、この『招かれざる客』からスタートしてみると良いんじゃないかと思いました。
目次
『招かれざる客』あらすじ
人里離れた土地。
古跡を見てまわっていたスタークウェッダーは、深い霧のなか道に迷って車が溝にはまってしまう。
助けを求めるため近くにあった屋敷を訪れると、屋敷の当主リチャードが射殺された状態で車椅子に座っていた。
傍らに立っていたのは、30歳ほどの金髪の美女。手にはピストルを持っていた。
当主の妻だというその女性ローラは、自分が夫を射殺したと言う。彼女は警察に電話するよう促すが、スタークウェッダーはすぐには動かない。
美しく魅力的なローラを救うため、外部犯の仕業に見せかけようと彼は言い出したのだった。
スタークウェッダーは偽の証拠とローラのアリバイを作り、今事件が起きたかのように銃を発砲する。銃声を聞いて書斎に集まってきたのは、屋敷に同居していたリチャードの母と異母弟、看護婦、従僕。
通報を受けた警察が、リチャードを殺した犯人を探し始める。
深い霧がたちこめ、霧笛が響く夜。庭を見わたすフランス窓の前で、車椅子に座った館の当主が射殺されていた。そのかたわらには、拳銃を握ったままの若い妻が立ちつくしている。車の故障でたまたま立ち寄った男は、美しい妻のために一計を案ずるが......
『招かれざる客』(早川書房 クリスティー文庫)
スリリングな展開と意外な結末が待ちかまえる傑作ミステリ戯曲
解説:小谷真理
『招かれざる客』読みどころと感想
原題は“The Unexpected Guest”。unexpected は辞書で調べると「予期しない、意外な、突然の」という意味のようでした。
以前から『招かれざる客』という作品があることは知っていて、面白そうなタイトルだなーと興味は持ちつつ戯曲ということで手を出さずにいた作品。
戯曲というだけの理由で読まなかったのは、非常にもったいなかったです。
奇妙で緊張感のある出だしが素晴らしい
車が立ち往生して屋敷を訪れたスタークウェッダーと、ピストルを持って暗がりの部屋に立っていたローラ。
ローラは自分が夫を殺したのだと言い張り、警察に電話するよう促しているのに、スタークウェッダーはなぜか警察には連絡しようとせず、詳しい事情を知りたがる。
この2人の邂逅の場面。非常に奇妙で緊張感があって、とにかく素晴らしい。
男性の死体とピストルを持った女性を目の前にしながら、スタークウェッダーはローラに事のいきさつを執拗に尋ねます。
なぜ撃ったのか。なぜ憎んでいたのか。なぜもっと前に離婚しなかったのか。自分が入ってこなかったら、どうするつもりだったのか。
ローラの言い分を聞くと、十分な動機になっているようでもあり、矛盾しているようでもある。この女性は本当に夫を殺したのか。殺したかもしれないが、本当は殺していないようにも見える。でもじゃあなぜピストルを持っていたのか。
そしてスタークウェッダーは、なぜ無関係な殺人事件にこれほど入り込みたがるのか。いったいどんな男なのか。
出だしから読者の興味と好奇心を最大限に引き出すことに成功していて、このあとの展開を知らずにはいられない。
だから戯曲が苦手だとか戯曲が読みにくいとか言ってる暇もなく、続きが気になってしまうのです。
戯曲って展開が早いなぁ
セリフと説明書きだけで構成される戯曲って、展開早いですね。まさに劇的。
長々とした情景・心情描写はないから、話がどんどん先に進んでいく。
それでいて、登場人物がどういう人間なのか、どういう心理で発言しているのかは、セリフから読み取ることができる。すごいなぁ。
それに小説だといろんな場所のいろんなシーンがありますが、戯曲では基本的に1つの場所で話が展開されます。今回の場合は当主リチャードの書斎。
1つの場所でこんな面白い物語を展開することができるんだなー劇ってすごいなー、ということも気づきの1つでした。
セリフのユーモアさは小説以上
もしかしたら舞台ってそういうものなのかもしれないですが、登場人物のセリフがユーモアにあふれています。
小説でも登場人物のユーモアある発言はありますが、この『招かれざる客』はそれ以上だなと。
いくつか、面白かったセリフをピックアップしてみました。
あの女の肥った尻の肉が、ゼリーみたいにぶるぶるふるえていた、とか申しまして。
『招かれざる客』(26ページ)
まず第一は、その、ミス――“お尻ぶるぶる”だな。
『招かれざる客』(36ページ)
“たった一度の簡単なレッスンで犯罪者になる方法”ってところだな。
『招かれざる客』(46ページ)
“十一月は霧が深い
『招かれざる客』(87ページ)
だが十二月にはめったに霧は出ない”
――キーツかね?
(誇らしげに)いや、キャドワラダーです。
これはやっぱり、日本語訳が優れていることでもあるのかなぁ。
この舞台、見てみたいなと思いました。
まとめ:読みにくさを軽々超えてくる戯曲
ミステリーをこんな風に1つの劇におさめることができるということに、感動というか驚嘆を覚える1冊でした。
戯曲は読みにくいからちょっと... と思っていましたが、今回『招かれざる客』ともう1冊アガサ・クリスティの戯曲を読んでみて思ったのは「戯曲は慣れだな」ということ。
セリフと説明書きという台本の形式に最初は読みづらさを感じても、少し慣れればすぐに話に入り込むことができました。
舞台配置図もあるし、舞台上で登場人物たちがどのような動作をするかもこと細かく書かれているので、無理に想像しようとしなくても場面が自然に頭に思い浮かぶ。
何度も繰り返して恐縮ですが、「戯曲は読みにくい」という苦手意識をすこーんと取っ払ってくれる作品です。
アガサ・クリスティの戯曲で日本語で刊行されているものは10冊ほどあるようす。戯曲もどんどん読んでいかねばという気になりました。
『招かれざる客』ネタバレあり感想
招かれざる客。
ミステリーとしては、このタイトルをどれだけ頭の中に置いて読み進めるかがポイントなのかもしれません。
招かれざる客とは、ローラが冒頭で発言した通りスタークウェッダーのことです。
作品のタイトルにもなっているのだから、スタークウェッダーがこの物語の中心人物ではないわけはない。
スタークウェッダーを軸にこの物語の起承転結を考えてみると、「起」ではローラを救うために犯行現場の偽装を画策し、「承」では部外者として存在感は薄めつつ、「転」では第三者という理由で家族たちから打ち明け話をされる。
ここまでで、確かに物語を動かしている中心人物と言えるでしょう。
でも違う。それだけでは『招かれざる客』というタイトルにはふさわしくなかったんですね。
最後の最後に明かされる、スタークウェッダーがマグレガーだったという事実。
妻を失った直後にリチャードに子どもをひき殺され、嘘の証言により何の罪にも問うことができなかったマグレガーが、招かれざる客としてリチャードを殺しに訪れ、さらに再び事件現場に舞い戻ってきたという筋書きでした。
「招かれざる客はスタークウェッダーなのだから、スタークウェッダーが犯人なんじゃないか」
これだけなら、どの読者も想定の範囲内かもしれない。私も、読んでいるときにそう思った瞬間もありました。
でも、スタークウェッダーが犯人だと、ジャンが誘導自白させられたときまで信じることができた人がいたかどうか。
スタークウェッダーが本物のマグレガーだったという結末を読めた人がいたかどうか。
劇的な劇ですよほんと。なんという結末ですかほんと。
私はスタークウェッダーを途中疑ってはいましたが、人物証明の電報により身元がはっきりしたとされた時点で容疑者からは外していました。うーん。いつもながらチョロい。
アガサ・クリスティの目論見通りなことでしょう。
個人的には、スタークウェッダーの最後の去り方がかっこよかった。
自分がマグレガーであることをローラに告白し、ローラの手のひらにキスをしてぶっきらぼうに「さよなら、ローラ」と言って深い霧の中に去る。
ローラは、待って、待って、行かないでと呼びかけるが、スタークウェッダーに届くことはない(と思う)。
この一連の事件の中で、ローラがスタークウェッダーに惹かれていったことは間違いないでしょう。夫はひどい人間で(しかも殺され)、愛人からの愛情も失われ、自分のために動いてくれた男に好意を抱くのも自然です。
スタークウェッダーのほうはどうか。魅力的なローラへの気持ちはどの程度だったのか。
屋敷を訪れたとき、自分が殺したはずなのになぜか別の人間、しかも美しい女性が自ら犯行を告白している。この状況にまず大きく興味をそそられたはずです。
魅力的なローラが自分の代わりに刑務所に入ることは耐えがたい。そう思ったことは事実でしょう。しかし、ローラとどうにかなりたいとは思っていなかった。
私としては魅力的なローラは1つのきっかけで、自分の犯行を、過去の自分の仕業に仕立て上げるという、その場で思いついたゲームを楽しみたいというほうが彼にとっては大きかったのではないかと感じました。美しいローラを助け、自分も警察の手から逃れるのがゲームのゴール。
ひとにはそれぞれちがった――ええと、さっきなんて言いましたっけね――そう、ゲームの楽しみかたがあるんです。あなたはご主人を射殺するというゲームを楽しんでいた。いまぼくは、ぼくなりのゲームを楽しんでいるんです。
『招かれざる客』(54ページ)
だから、復讐を成し遂げゲームを楽しみ終えたら、ローラとの別れは惜しみながらもローラを置いて去るっていうことなのかなと。
余韻を感じさせる、最後までミステリーな終わり方だなと思いました。
面白い話でしたが、ジャンだけがかわいそうでした。
『招かれざる客』の次には、ぜひとも『検察側の証人』を読んでほしい。さらに驚かされることを保証します。