『ポケットにライ麦を』マザーグースの不気味さを味わう〜アガサ・クリスティ

『ポケットにライ麦を』マザーグースの不気味さを味わう〜アガサ・クリスティ

マザーグースの不気味さを味わう『ポケットにライ麦を』アガサ・クリスティ

被害者の遺体のポケットにはライ麦が入っていた。

日本的に言えば米粒が入っていたようなものか。

ポケットにライ麦。なぜ? 非常に奇妙で、その理由を知りたくなります。

目次

『ポケットにライ麦を』あらすじ

ポケットにライ麦を〔新訳版〕(クリスティー文庫)

投資信託会社の社長フォテスキュー氏が毒殺された。

盛られていたのは、イチイの実や葉に含まれる毒タキシン。

会社でお茶を飲んだ直後に苦しみ出したが、タキシンが効果を現すまでには1、2時間かかる。おそらく自宅で朝食をとったときに盛られたものだと考えられた。

捜査を担当することになったニール警部は、フォテスキュー氏の自宅の名称が「水松(イチイ)荘」だと聞いて驚いた。邸の周囲は、イチイの垣に取り囲まれていた。これだけイチイが一面に並んでいれば、誰だってタキシン抽出の材料を手に入れられるに違いない。

フォテスキュー氏より三十も若い妻や、家政婦・メイドに聞き込みをしながらニール警部はフォテスキュー家で捜査を行うが、そんななかさらに2件の殺人事件が起きてしまう。

被害者の1人は、ミス・マープルがセント・メアリ・ミードで行儀作法を教育した娘だった。彼女は鼻を洗濯バサミでつままれた状態で見つかった。

新聞で事件を知ったミス・マープルは怒りに震え、犯人を突き止めるべくフォテスキュー家を訪れるのだった。

会社社長が何者かに毒殺された。遺体のポケットにはなぜかライ麦が。それは、恐るべき連続見立て殺人の端緒だった。さらに社長宅のメイドが洗濯ばさみで鼻をつままれた絞殺死体で発見される。彼女を知るミス・マープルは義憤に駆られ、犯人探しに乗り出す!新訳で贈る、マザー・グースに材を取った中期の傑作。
解説:霜月蒼

『ポケットにライ麦を』(早川書房 クリスティー文庫)

『ポケットにライ麦を』の読みどころと感想

原題は "A Pocket Full of Rye"。「6ペンスの唄を歌おう」というマザーグースの一節です。

このフレーズは直訳だと「ライ麦でいっぱいのポケット」。

『ポケットにライ麦を』だと日本語としてはなんとなく叙情的というか余韻が生まれていて、「フォテスキュー氏の死体のポケットにライ麦が入っていた」という状況からすると少し違和感を感じますが、作品中で紹介されている6ペンスの唄の翻訳をそのままタイトルにしたのかなと思います。

なぜ、見立て殺人をする必要があったのか?

さて、物語はマザーグースの歌詞の通りに人が死ぬ見立て殺人として描かれています。

現実離れしているようで、実際にその通りに殺人が起きている連続殺人事件。

ニール警部は頭を抱えます。狂気なのか、正気なのか。

なぜ、わざわざマザーグースの歌詞に見立てる必要があったのか。

鍵となるのは歌詞の中にあるクロツグミ。クロツグミは黒くて特徴的な鳴き声を持っている小鳥です。

クロツグミ
クロツグミ

「パイに焼かれたクロツグミ」という歌詞にある通りの不気味ないたずら。
フォテスキュー氏が昔関わったくろつぐみ鉱山。

ミス・マープルは、クロツグミの手がかりと自分流の聞き込みで犯人を暴きます。

不気味なマザーグース作品

アガサ・クリスティのマザーグース作品でいつも思うのは、意味が不明な恐怖感があるということ。脈絡のない恐怖感と言っても良い。

マザーグースは、韻を踏むためだと思うんですが歌詞が意味不明だったり脈絡なく歌詞が続いていることが多いですよね。

意識しなければ「無意味な歌詞の意味」を深く考えることなどなかったはずなのに、ミステリーの素材として使われると意味を深く考える羽目になり、その意味不明加減に不気味さを感じておそろしくなる。

読めば読むほど、その意味不明さに狂気を感じてくるというか。いちおう意味不明な歌詞にも解釈があるようですが、結局意味不明なことに変わりはない。

今回の6ペンスの唄も「クロツグミをパイに焼く」とか怖すぎるんですけど。で? パイを開けたらクロツグミが歌い出すって? なんですかそのホラーは。

マザーグースを聞いて育ったわけじゃなく、歌に親しみも馴染みもない外国人が大人になってからアガサ・クリスティを読むとこういうことになるんだと考えると、マザーグースはミステリーの素材としては非常に優れてると思う。

「6ペンスの唄を歌おう」の原文を紹介しておきます。

Sing a song of sixpence,
A pocket full of rye;
Four and twenty blackbirds,
Baked in a pie.

When the pie was opened,
The birds began to sing;
Was not that a dainty dish,
To set before the king ?

The king was in his counting-house,
Counting out his money;
The queen was in the parlour,
Eating bread and honey.

The maid was in the garden,
Hanging out the clothes,
There came a little blackbird,
And snapped off her nose.

感想(ネタバレあり)

最終章が悲しかった。

恋人を信じて意図せず殺人を引き起こしてしまったグラディスは、ミス・マープルに助けを求める手紙を出していた。

宛先の字が汚かったために誤って他人に配達され、ミス・マープルのもとにはすぐ届かなかった。

手紙には、恋人になったと思い込み信じていたランスロットとの写真が添えられ、「とてもキレイな人でしょう」と書かれていた。

手紙が正しく届いていたとしても、グラディスはすぐに殺されてしまったので間に合わなかったかもしれませんが、なんという結末か。

自分が躾けた娘がこんな手紙を書いていたことを知り、ミス・マープルが涙を流すのも当然ですが、その後に勝利の歓びを感じていたのにはミス・マープルの本質的な強さを感じました。

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