マザーグースが使われたアガサ・クリスティ作品
アガサ・クリスティは作品の題材としてマザーグースを好んで使用しています。
マザーグースとはイギリスで古くから伝承されてきた童謡です。子守歌や子供たちの遊び歌などがあり、イギリス・アメリカで広く親しまれ教養の基礎ともなっているようです。
私自身はマザーグースなんてほとんど知らずに生きてきたので、童謡がミステリーに使われるということにいつも恐ろしさを感じてます。
アガサ・クリスティの作品の中で、マザーグースが使われた作品をまとめました。
目次
そして誰もいなくなった
『そして誰もいなくなった』は、ほとんど説明不要の有名作品ですね。
題材となっているマザーグースは10人のインディアン(Ten Little Indians)。
以下のフレーズだけなら知っている人も多いかもしれません。
One little, two little, three little Indians
Four little, five little, six little Indians
Seven little, eight little, nine little Indians
Ten little Indian boys.
実際の歌詞はもっと長くて、最初は10人いたインディアンの男の子が家に帰ったりブランコから落っこちたりして順番にいなくなるという奇妙で残酷な歌です。
そして作中では、孤島に招かれた10人の人物がマザーグースの歌詞の通りに順番に死んでいきます。
もともと作品に使われたのは Ten Little Niggers という書き換えられたバージョンの歌詞だったようですが、現在の作中の詩はアガサ・クリスティのオリジナル(Ten Little Soldier Boys)となっているようです。
その孤島に招き寄せられたのは、たがいに面識もない、職業や年齢もさまざまな十人の男女だった。だが、招待主の姿は島にはなく、やがて夕食の席上、彼らの過去の犯罪を暴き立てる謎の声が……そして無気味な童謡の歌詞通りに、彼らが一人ずつ殺されてゆく! 強烈なサスペンスに彩られた最高傑作! 新訳決定版!
『そして誰もいなくなった』(早川書房 クリスティー文庫)
愛国殺人(ポアロ)
『愛国殺人』はポアロが通っている歯科医が殺されてしまう話。
使われているマザーグースは、わたしの靴のバックルを締めて(One, Two, Buckle my Shoe)です。
この作品では目次の章題がこのマザーグースの歌詞になっていて、歌詞に沿ってストーリーが進行します。
歌詞が示唆する内容については以下の記事で考察しました。
憂鬱な歯医者での治療を終えてひと息ついたポアロの許に、当の歯医者が自殺したとの電話が入った。しかし、なんの悩みもなさそうな彼に、自殺の徴候などまったくなかった。これは巧妙に仕掛けられた殺人なのか? マザー・グースの調べに乗って起こる連続殺人の果てに、灰色の脳細胞ポアロが追い詰めたものとは?
『愛国殺人』(早川書房 クリスティー文庫)
解説:小森健太朗
五匹の子豚(ポアロ)
『五匹の子豚』で使われているマザーグースは作品名の通り五匹の子豚(Five Little Pigs)。
作中では、5人の容疑者が五匹の子豚になぞらえて描写されます。
それがまた個性的で個性的で。容疑者たちの人物像が歌詞通りというシュールさがたまらない。
This little piggy went to market,
この子豚はマーケットへ行った
This little piggy stayed home,
この子豚は家にいた
This little piggy had roast beef,
この子豚はローストビーフを食べた
This little piggy had none,
この子豚は何も持っていなかった
And this little piggy cried "wee wee wee" all the way home.
この子豚は”ウィーウィーウィー”と鳴く
これだけ読むと、え...? だと思うんですが、この歌詞からあれだけの人物像に膨らませる想像力がすごいです。
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『五匹の子豚』(早川書房 クリスティー文庫)
ねじれた家
『ねじれた家』で使われているマザーグースは、ねじれた男がおりました(There was a crooked man)。
語り手チャールズの恋人ソフィアが、このマザーグースを引用して自分の家を「ねじれた家」と呼んだのでした。
この作品は見立て殺人ではなく、ねじれた家に住む人々のねじれた心や関係性がマザーグースによって表現されています。
アガサ・クリスティ自身がもっとも満足している作品の1つに挙げた、非常に読み応えのある話です。
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『ねじれた家』(早川書房 クリスティー文庫)
解説:末國善己
マギンティ夫人は死んだ(ポアロ)
『マギンティ夫人は死んだ』で使われているのは、マギンティ夫人は死んだ(Mrs McGinty's Dead)という遊び歌のマザーグース。
マギンティ夫人は死んだ
どんなふうに死んだ?
あたしのようにひざついて
マギンティ夫人は死んだ
どんなふうに死んだ?
あたしのように手をのばして
...と歌いながら遊ぶらしく、作品中でこの遊びが説明されていますが、何が面白いのかはわからなかった。
この作品は見立て殺人ではないのですが、マギンティ夫人がマザーグースの歌詞のように死んでしまいます。
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『マギンティ夫人は死んだ』(早川書房 クリスティー文庫)
解説:仁賀克雄
ねずみとり
『ねずみとり』は戯曲です。舞台は1952年の初演以来、世界最長のロングラン記録を持っています。
使われているマザーグースは三匹の盲目のねずみ(Three Blind Mice)。
最初に見つかった死体には、三匹の盲目のねずみの楽譜と「一匹目」と書かれた紙が残されていました。
雪で孤立した山荘を舞台に物語が展開します。
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『ねずみとり』(早川書房 クリスティー文庫)
解説:石田衣良
ポケットにライ麦を(ミス・マープル)
『ポケットにライ麦を』は、『そして誰もいなくなった』と同じく派手な見立て殺人です。
使われているマザーグースは6ペンスの唄を歌おう(Sing a Song of Sixpence)。
作品名の『ポケットにライ麦を』は歌詞の一節です。
このマザーグースにはクロツグミという黒い小鳥が出てくるんですが、歌詞を文字通りにとらえるとちょっと不気味な部分があります。
自分が教育したメイドが歌詞になぞらえて殺され、怒りに駆られたミス・マープルが事件現場の屋敷に乗り込みます。
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『ポケットにライ麦を』(早川書房 クリスティー文庫)
解説:霜月蒼
ヒッコリー・ロードの殺人(ポアロ)
『ヒッコリー・ロードの殺人』で使われているのは、ヒッコリー・ディッコリー・ドック(Hickory Dickory Dock)。
この作品ではマザーグースが特に重要な役割を果たしているわけではありませんが、ポアロが作中で ♪ヒッコリー・ディッコリー・ドック と口ずさむシーンがあります。
事件現場であるヒッコリー・ロードという名前も、おそらくこのマザーグースが由来になっていると思われます。
Hickory, dickory, dock.
The mouse ran up the clock.
The clock struck one,
The mouse ran down,
Hickory, dickory, dock.
ヒッコリーディッコリードック
ネズミが時計を駆け上がる
時計の鐘が1時を鳴らす
ネズミが時計を駆け下りる
ヒッコリーディッコリードック
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『ヒッコリー・ロードの殺人』(早川書房 クリスティー文庫)