『ゴルフ場殺人事件』ポアロ2作目の謎解きは超親切設計だった
『ゴルフ場殺人事件』はアガサ・クリスティの三作目、ポアロが登場する二作目の作品です。(1923年刊行)
久しぶりにヘイスティングズが登場するポアロの初期作品を読んだんですが、ちょっと驚き。
こんなに親切にポアロが謎解き解説していたとは!!
一作目のスタイルズ荘がどうだったかちょっと忘れちゃったんですが、ヘイスティングズがいるおかげかなー。
実は再読だったっぽいんですが、かなり良かったです。あらすじ・感想をまとめました。
しかし『ゴルフ場殺人事件』はタイトルとしてどうなんだろう...。ゴルフ場の存在感なさすぎでしょ。笑
目次
『ゴルフ場殺人事件』あらすじ
ヘイスティングズがパリでの用事を終えてロンドンに戻ると、ポアロ宛に1通の奇妙な手紙が届いた。
差出人はジュヌヴィエーヴ荘に住むルノー氏という人物で、危険が目前に迫っているため大至急来てほしいという。
署名の下には “お願いです。来てください!” という身に迫るような走り書きも付け加えられていた。
ルノー氏は南アメリカの有名な大富豪で、今はフランスのジュヌヴィエーヴ荘に住んでいるらしい。ポアロとヘイスティングズは早速荷づくりをしてカレーに向かった。
カレーはフランス北部の都市。イギリスとヨーロッパ大陸を隔てているドーバー海峡を渡る船が発着している。
しかしルノー氏の屋敷に到着してみると、門扉には巡査が立っていた。ポアロたちの到着は一足遅く、ルノー氏はすでに殺されていたのだった。
屋敷で調査を始めていた署長の話によると、ルノー氏は背中を刺され、掘られたばかりの穴の中に横たわっていたという。
ルノー夫人のほうは、手足を縛られ意識朦朧としているところを使用人に発見された。夫人が言うには、昨夜覆面の男が部屋に侵入し、ルノー氏をどこかへ連れ去ったということだった。
ポアロはすぐに夫人の話を狂言だと疑い、縛られた手首の跡に偽りがないことを確認してもなお疑いの気持ちを持っていたが、夫人はルノー氏の遺体を確認するとあまりのショックに失神。
本当に気を失った夫人を前にして、「これでまた一からやりなおしだ!」とポアロは捜査を始める。
地面に這いつくばって証拠を探すよりも頭を使って考えることこそが重要だと語るポアロだったが、犯行現場に行ってみると、穴の中に這いつくばって手がかりを探すパリ警視庁のジロー刑事と遭遇した。
2人は対抗心を燃やしながら、それぞれのやり方で事件に取り組むのだった。
南米の富豪ルノーが滞在中のフランスで無惨に刺殺された。事件発生前にルノーからの手紙を受け取っていながら悲劇を防げなかったポアロは、プライドをかけて真相解明に挑む。一方パリ警視庁からは名刑事ジローが乗り込んできた。たがいを意識し推理の火花を散らす二人だったが、事態は意外な方向に……新訳決定版。
『ゴルフ場殺人事件』(早川書房 クリスティー文庫)
解説:熊倉一雄
『ゴルフ場殺人事件』読みどころと感想
ヘイスティングズのおかげでポアロの謎解きが親切
ポアロがびっくりするくらい丁寧に事件を解説してますね。ヘイスティングズに向けて、つまり読者に向けて。ポアロ登場二作目というだけあってアガサ・クリスティも親切設計にしていたのか。
最近読んだクリスティ作品は中期〜後期のものが多かったんですが、謎解き後、一連の事件の再構築というか事件全体の理解は読者自身がやらないといけなかった。
つまり一連の事件が結局どういう流れで起きていて、犯人がいつどのように犯行をおこなったのか、その理由が何だったのかという全体像は、作品内では改めて説明されないというか。
でもこの作品は違う。
浜辺を見おろせるところにすわって、事件のおさらいをしよう。わたしが知っていることを隠しだてするつもりはない。でも、できることなら自分自身の力で真実に到達したほうがいい。
『ゴルフ場殺人事件』(クリスティー文庫 246ページ)
~ 中略 ~
「考えるんだ」ポアロは励ますように言った。「考えを整理するんだ。秩序だて、体系づけて。成功の秘訣はそこにしかない」
いつになく優しくないですか、ポアロ。
ここで、ルノー事件を最初からあらためて入念に検討し、重要な点を時間の順に書きとめていこう。
『ゴルフ場殺人事件』(クリスティー文庫 252ページ)
このように、謎解きの際にポアロが事件の概要を整理してくれている。おそらく読者が事件を改めて理解できるように、ということなんじゃないかと思います。
この前の捜査段階でも、いつものポアロなら「まだ言えない」とか言って自分の考えを最後まで明かそうとしないのに、それまでの推理を明かして謎の一部について説明してくれている。
最後に犯人が明らかになった後にもくわしい解説つき。
では、ここで(犯人名)の立場から事件を再現してみよう。
『ゴルフ場殺人事件』(クリスティー文庫 351ページ)
ポアロからのヒントが多く、なるほど二作目か、と思わせるような構成でした。良かったです。
新鮮で、王道
うん、なんか、王道っぽくて面白かったです。
上に書いた通り謎解きまで親切な経過をたどっていて読者に考えさせようという意図も見えるし、謎解き後の展開はスリル満点でどんでん返しもあるし、犯人は「えええぇぇぇーーーっ!!」っていう人だし。
王道というと私は『葬儀を終えて』(1953年)を思い浮かべるんですが、そちらはアガサ・クリスティの貫禄が見え、こちらは新鮮です。
どちらも良いですね。
ポアロとジロー刑事が滑稽なほど対照的で愉快
灰色の脳細胞を使うポアロ、地面を這いつくばるジロー刑事。二人の考え方と捜査方法が思いっきり違うのには笑えました。
ジロー刑事はポアロに会った直後から敵対心を隠さない態度を取ってきますが、ポアロもポアロでさんざんな言いよう。
やれやれ。またあの人間猟犬か
『ゴルフ場殺人事件』(クリスティー文庫 109ページ)
でも、ジローには内緒にしておいてくれたまえ。いいね。ジローはわたしのことを役立たずの老いぼれ扱いしている。見ているがいい。
『ゴルフ場殺人事件』(クリスティー文庫 166ページ)
まぁ最終的には、ジロー刑事がいるおかげでポアロの腕が際立ったとも言えます。
え、ゴルフ場殺人事件? どこが?
再読だったんですが、「ゴルフ場での殺人事件なんて記憶にないんだけどな~」と思いながら読み始めました。
読み進めたら再読っぽいことに気づきましたが、この作品、ゴルフ場での殺人事件というにはやっぱり無理がありませんか?
建設中のゴルフ場が隣にあるジュヌヴィエーヴ荘での事件じゃない? ただ死体が隣のゴルフ場の敷地で見つかったというだけで。それもジュヌヴィエーヴ荘とすぐに行き来できる場所だし、物語を通してゴルフ場の描写なんかほっとんど出てこないじゃん。
事件の鍵になってるわけでもないし、事件にはほとんど関係ないと言っても良いほどゴルフ場の影は薄い。なのに、ゴルフ場殺人事件なの?
『ジュヌヴィエーヴ荘の殺人』じゃだめだったんでしょうか。まぁ一作目が『スタイルズ荘の怪事件』だから、●●荘のタイトルは避けたかったのかもしれない。
じゃあ『ポアロへの手紙』とか『模倣殺人』とか、どうでしょう。『ルノー氏の秘密』も良いんじゃない?
この作品が『ゴルフ場殺人事件』であることだけは、どうしても納得がいかないのでした。
ネタバレ感想
再読のはずなんですが、漠然とした既読感があるだけで犯人も話の筋も全然覚えていなかった。たぶん初回は大昔に読んだんだと思います。あと、ゴルフ場じゃないのにゴルフ場殺人事件にされているから。たぶん。
さて、まずヘイスティングズの結婚話がこんなところから始まっていたとは! 結婚の話はどこかの作品に書いてあったような記憶はなんとなくあったんですが、この作品だったとは。
素敵じゃないですか~。美女好きのヘイスティングズが浮ついた気持ちで恋してるのかと思っていたら、全然軽い気持ちじゃなかったのね。最後にちゃんと結婚したときに、この人が奥さんになったのか! と気づく。
この2人がくっつくことにびっくりしたのは、ヘイスティングズとシンデレラ(ダルシー・デュヴィーン)の年齢差が大きすぎるんじゃないかと最初は思ってたから。
特に深く考えることなく、ヘイスティングズは50歳前後くらいだと思っていた。だってポアロは定年した人なんだから若くて60歳前後だろうし、ポアロとこんなに気が合う友人なら年もそこまで離れてないんじゃないかというイメージが。
シンデレラも、最初に汽車の中でヘイスティングズに会ったときに「おじさま」という言葉を使っています。
一方シンデレラのほうは、汽車の中でヘイスティングズが17歳くらいと見積もっている。でもそれじゃ結婚には若すぎるだろうから、まぁ20歳~20代前半くらいでしょうか。
で、シンデレラはこんなおじさんと結婚したの?? と思っていたら、このときのヘイスティングズの推定年齢なんと30代前半っぽいですね。
スタイルズ荘で30歳だったようなので、3年後に出版されたこの作品内では33歳くらいでしょうか。
その後ヘイスティングズが登場する作品の1つ『ABC 殺人事件』は1936年の刊行で、ゴルフ場の1923年から単純に年を足すと ABC のときに46歳。
たぶんこのくらいのときのヘイスティングズのイメージと、ポアロと同世代だろうというイメージが頭の中で固定化されていたのかなと思う。
ヘイスティングズにもこんな若いときがあったのかー。と読後にちょっと驚きました。(読んでる途中は気づかなかったのも妙だけど)
ポアロとの事件がきっかけで結婚。良いですね。
事件に関しては読みどころにも書いた通りいろいろあって面白かったし、ポアロの優しい解説に感動。
満足度的には、満点に近いです。
マルトが犯人だったとは、かけらも覚えてもなかったしかけらも気づかなかった。読み返して思えば、ポアロが序盤でマルトのことを「君にふさわしくない」とヘイスティングズに言っていました。ポアロの勘はいつも冴えてるから、この時点で疑ってかかってもよかったかもしれない。
最後にマルトがルノー夫人を襲う前、ポアロがドーブルーユ夫人に「ムシュー・ストーナーはまだマダム・ルノーに会っていないのか」と質問をする場面がありました。
最初はちょっと謎でしたが、あれは「ストーナー(秘書)はまだメルランヴィルに帰ってきてないから、ルノー夫人の遺言の作り直しもまだである」ことをドーブルーユ夫人に印象づけたかったからかなと。(お金を手に入れるためには、遺言を作り直す前にルノー夫人を殺さないといけなかった)
ドーブルーユ夫人とマルトが共謀していたのかは、ポアロは「わからない」と言っていましたが、共謀していなければドーブルーユ夫人がカーテン越しにマルトのふりをすることはできなかったと思う。共謀だと思いました。
でもそう考えると、自分も犯罪に関わりながら愛人や実の娘を実行犯にして自分は逃げるというなんとも強かでおそろしいドーブルーユ夫人の描かれ方でした。